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他の誰でもなく、過去の自分と比べて幸せな生き方をしていきたい

CLANNADは人生(特に意味はナシ)




誰かがいいました。
「幸せとは、他人と比較したとき、自分のほうが勝っていると感じられることだ」と。
誰かがいいました。
「幸せは、他人の不幸の上で成り立つものだ」と。
今まで生きてきて、「他人の不幸は蜜の味」と思ったことがないわけではありません。人の不幸をみて「面白い」「こんな風にならなくてよかった」と思ってしまったこともたくさんあります。
自分は「この人よりはマシ」と思うことで、つらい時期の自分を慰めていたも何度かありました。
でもそう思ったあと、自分が寂しい人間に思えて仕方なくなります。ますますつらくなります。


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他人との比較で感じる幸せ


「自分はこの人よりマシ」と思うだけで、それで何ができるわけでもなく、無力なくせに、何もその人にしてあげることもできなくて、優越感にひたって…バカみたいだなあ、ちっぽけだなあ、不能だなあ、と。
自分のクズさにうんざりし、開き直って咆哮したくなることもしばしばありました。

比較対象がないと幸せを感じられないのは仕方のないことです。
「比べちゃいけない」と思っていても、どうしても比べてしまうのが人間です。というか、比べないと幸せを感じることなんてできないとすら思っています。
比べる対象がなければ「無」。

比べることが悪いことだとは思いません。
今までの人生、私は人と比べて劣っていると思ったことのほうが多く、それをバネにして頑張れたことが何度もありました。
私が嫌なのは、「比べる」あとに出てくる「見下す」「安心する」という態度・感情です。優劣をつけて、自分が「優」だと思ったときに湧き上がるコレです。

私が「比べる」だけで済まずに人を見下してしまうのは、それをしないと自分のプライドを保っていられないからだと思います。
私には生き方に対するプライドが必要なんだと思います。
このプライドをしっかり持つためには、常に過去の自分より、より良い生き方、幸せだと思える生き方をしていくしかないと思うようになりました。

より良い生き方ってなんだろう…。


いろいろ考えて今の自分が出した答えは、「人に優しくする」「勝ち負けにこだわらない」。
結構シンプルですね。
人を負かしてやりたいと思えば喧嘩になったり、心を消費していくことが多くなります。
勝ちたいと思っては、狡猾な手段にでることもありました。

人に優しくありたいのは「ありがとう」って言われるのが嬉しいからです。人を思いやっているとき、心が温かくなるからです。
結婚してから、思いやりっていうのがすごく大事なことだと気づかされました。自分本位では他人と協力して生活していくことなんてできないんだと学びました。

今年で29歳。人と手を取り合って生きていくためには、こうじゃなきゃいけないんだろうなーと考えている今日この頃です。一匹狼スタイル(コミュ障ぼっち)を卒業しなくては…(ち〜ん)。

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