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アキバと原宿と、光と闇とふなっしー。




秋葉原と原宿

23歳で上京し、今年で29歳になる私。東京に来て結構経つんだなあ…。しみじみ思う今日この頃。
東京というのは面白い街で、それぞれにそれぞれの特色があって、例えば原宿にはカラフルなぱみゅぱみゅファッションの人が集っていたり、秋葉原にいけば、あらゆるオタクが目を輝かせながらリュックを背負ってジャンク品をあさったり、大股早歩き&とびっきりの笑顔で目的地に向かったりしています。
その街その街で、イキイキしてる人もいれば、気だるそうにしてる人もいて、でも、それぞれみんな「ここが僕の居場所なんだ」って感じでフィットしてそこに存在しています。



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居場所はどこだ? 


中学時代、クラスの居場所に悩んでいたような種類の人間が、アキバには居場所がある。ファッションが好きなのに「こんな田舎でそんなゴスロリファッションするな」と言われ、鬱屈して高校時代を過ごしていたような子が、原宿に出て「ここが私のサンクチュアリだにゃ♪」といって居場所をみつける。
秋葉原と原宿は、イキイキしてるのに切なさもあって、そういう感じが私は好きです。勝手にその街の人々の背景想像するマン。

光と闇


厨二病みたいなことを言い出すようですが、光は光だけでは輝けなくて、闇があるから輝いてみえて。街もそうで、人生もそうで、歌い継がれる合唱曲も、「僕が僕であるために」も、ふなっしーも。なんかみんな闇がある。闇があるから魅力がある。
ああ、闇って深ければ深いほどキレイで、実は強いんだなー…そんなことを考えてみたりもして(メンヘラ開眼!!!)

ふなっしーの中の人は何者だ


ふなっしーを見ていると思い出すことがあります。
中学生の頃、夜、裏山に行って、言葉にならない言葉を叫びながら、怒り、悲憤、鬱憤、憎悪、自分の中にある黒く渦巻いているえげつない感情を、木に飛び蹴りして、全力疾走しながら、わああああと泣いていたときのことです。
自分が本気で泣くと、こんな声を出して泣くのかと、全然サマにならないのだなあと、びっくりしながら泣き喚いていたあの日のことです。
ふなっしーのあの暴れ方は、普通じゃありません。あれは、中の人は多分…家具屋さんじゃなくて闇の中で光を求めて彷徨ってる中学生です。

闇を背負おう☆地域活性化!魅力に闇はつきものだ♡

個人的に勝手に思っていることだけど、地域の魅力を引き出すには、闇を感じないゆる〜いゆるキャラに頼るには限界があって、萌えおこしにも限界があるんだと思います(突然の地方再生への口出し)。
背負っているものがない、あるいは見えないものは、一過性で終わってしまうものが多い気がします。
サブカルで町おこしって言われたりもするけれど、闇がみえない、伝わってこないサブカルって、それって、なんの魅力があるんだろう。魅力を引き出すには闇!闇が足りないんだお><。

「あー、いるよねそういうキャラ」「あーかわいいんじゃない?」

ダメダメ〜><。弱いよ〜><。

地方に光を射すために、ゆるキャラたちは闇を背負おう!闇で経済を回そうよ><。アキバと原宿とふなっしーの内に秘めてるものを見習おうよ><。

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